1689年、ポイヤックやマルゴーに畑を所有しワイン商を営むローザン家(ピエール・ド・マズール・ド・ローザン)がピション・ロングヴィルの畑を所有していたことが地元公文書に残っていますが、そのローザン家の娘であるテレーズが、ボルドーの市会議長であるジャック・ド・ピション・ロングヴィル(ベルナールの次男)との結婚の際に婚資としてこの畑が与えられました。

1850年、ジャックの孫であるジョセフ・ド・ピション・ロングヴィル男爵の死により畑は分割されました。ジョセフ男爵は、5人の子供に平等に所有地を分け与えることにしました。彼は5人のうち2人の息子には5分の2の畑と装備施設を、そして3人の娘には5分の3の畑を平等に与えました。当初すべての畑をジョセフの息子であるラウールが管轄していましたが、アンリ・ド・ラランド伯爵に嫁ぎ、コンテス・ド・ラランドとなったジョセフの娘ヴィルジニーは娘に与えられた5分の3の畑を自ら経営することにしました。そして、ワインを愛し、情熱的な女性である彼女の名前は、そのままワイン名となり、シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドの歴史がはじまりました。


そして1855年、メドック格付けにおいて見事にシャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドは第2級となりました。
名声あるシャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドの所有は同ファミリーによって代々受け継がれていましたが、1920年、戦争のため、畑は競売にかけられました。1925年、ブドウ園を所有しワイン商でもあるボルドーの一族、ミアイユ家のエドワールとルイが購入しました。
1978年、エドワール・ミアイユの娘であるメイ・エリアン・ド・ランクサンがオーナーとなりました。彼女は、まさにコンテス・ド・ラランドのような情熱を持つ女性で、土地とワインを愛し、シャトーの評判を上げ、かつての名声を復活させました。


1979年より12年ほどの歳月をかけて、シャトーでは改装工事が行われました。貯蔵庫の拡大、1,800個の樽を保有できる地下セラー、33個の温度管理されたステンレスタンクを保有する醸造室、ラボラトリー設備など、近代的な施設に改装され、現在に至ります。


Email : pichon@pichon-lalande.com
© Château Pichon Longueville Comtesse de Lalande